穂高岳登山(次男健司と) 2002(08/16−18)
| 15日 | |
| PM8:30 | 自宅を出る。健司の盆踊りを待って、PM8:35に睦子に一宮まで車で送ってもら |
| う。 | |
| 9:00 | 一宮へ着く。 |
| 9:05 | 名鉄電車で名古屋へ出発。 |
| 10:35 | 名鉄バスセンタ―より出発。今回始めて、上高地行き夜行列車を使う。バスは2台で |
| あった。結構寝れたと思う。 | |
| 16日 | |
| AM5:45 | 上高地へ着。トイレに行ったりして時間過ぎる。 |
| 6:15 | 上高地を出発する。途中健司が、夜行の冷え過ぎでか腹が痛いと言い出す。トイレは |
| なかったが、すぐ傍の草むらで用をたさせる。まだ十分ではなかったが、なんとかこ | |
| れでいいのではないか。 | |
| 7:15 | 明神へ着。朝食を取っていなかったので、ここで取る。 |
| 7:35 | 出発。 |
| 8:30 | 徳沢園着。 |
| 8:40 | 出発。 |
| 8:50 | 新村橋通過。 |
| 9:40 | 横尾山荘着。妙に屏風岩付近が騒がしくなる。ヘリコブタ―が2機遭難者を救出して |
| いるらしい。 | |
| 横尾は、槍と上高地の中間である。上高地と槍ヶ岳との距離は22KMでその中間。 | |
| 10:00 | 横尾発。途中救出活動を見上げながら歩く。どうもうまくいっていない気配。 |
| 11:30 | 本谷橋で昼食。沢を右の方から登りながら、ここで橋を渡り沢の左から、屏風岩を巻 |
| く。 | |
| 2:10 | 涸沢着。今日の目的地。 |
| 17日 | |
| AM4:00 | 起床。 昨日の夕方ちょっと雨であったが、ウ―ルのシャツ、ウ―ルのニッカはいず |
| れも秋冬ようだが、3000Mの山は防寒具にちょうどいいなと感じた。 | |
| 天気はまずまずだが、3時頃までもってくれるといいがと思う。 | |
| 7:00 | 涸沢発。途中雪渓の上の急の登りのところで雷鳥を見る。 |
| 9:40 | 穂高山荘へ着。尾根つたいでは食事は難しいと判断し、ここで昼食をとる。やく一時 |
| 間を費やす。あとで考えたことであるが、ここの1時間は長すぎたと判断せざるを得 | |
| ない。健司がパンが嫌いと言っていたため、今回は買わなかったが何か今度は次の対 | |
| 策を考えなければならないだろう。 | |
| 11:30 | 穂高山頂着。天気は快晴ではなかったが、曇り時々晴れという感じであった。写真を |
| 何枚か撮った。頂上で笛を吹く人がいてけっこう楽しませてくれたが、つられての長 | |
| 居はこれからの行動を考えると非常に危険と判断し、出発することにした。 | |
| 11:45 | 頂上発。 |
| 1:20 | 縦走路と前穂の分岐に着く。いよいよ天気が怪しくなってきたので通過するだけにし |
| た。 | |
| 前穂の登りで一番危ないところは、分岐前(下り)の15分だろう。(チエ―ンが4 | |
| ツほどあり。)ここをちゃんと乗り切れば大丈夫である。ただどんなところでも油断 | |
| が一番危険である。 | |
| やはり3時頃から雨が降り出し、びしょぬれになる。到着前30分でまだ助かったと | |
| 言うべきか。 | |
| 靴擦れとつめに体重が集中し、足痛し。足の運び方が悪くなるせいか、今度は右の膝 | |
| にきた。やはり何事もバランスだなと思い知らされる。 | |
| 3:40 | 岳沢着。 |
| 18日 | |
| AM5:00 | 起床。 |
| 7:00 | 出発。 |
| 9:00 | 上高地着。河童橋から岳沢の眺めの写真をとる。 |
| 橋の傍でビ―ルを買い、うまいビ―ルを飲んでいたら、教員をやっている人と偶然話 | |
| が合い、長話をする。学校崩壊などで原因は@社会の問題、A親のし躾、B教員の資 | |
| 質などであるとの話。茨城の人であった。 | |
| 10:40 | 上高地発。温泉へ入りたかったが、上高地で入る準備していなかったため、インホメ |
| ―ションの人に聞いて、新島々の温泉に入ることにした。 | |
| 2:04 | 松本発。臨時の特急があった。結構空いていた。 |
| 4:20 | 名古屋着 |
| 4:30 | 名古屋発鈍行 |
| 4:50 | 尾張一ノ宮へ着。5:10に壮一へ迎えに来てもらって、帰りに「万力」へ寄って自 |
| 宅へ。 | |
| 洗濯、洗いすべてやって、フロへ入り記録を書いて、ビ―ルを飲んで寝ようと思う。 |